発達期の哺乳類視覚野は視覚入力の変化に対してとりわけ高い経験依存的可塑性を示すことが知られている。例えば、生後初期に一方の眼の視覚入力を短期間遮断するだけで、視覚野ニューロンは視覚遮断された眼に対する反応性を失い、さらにその入力が投射する皮質領域(眼優位コラム)は退縮する。私はこれまでおこなった研究において、発達期の動物の一次視覚野にBDNFを持続的に投与すると、すでに出来上がった眼優位性コラムが拡大し、コラム構造が見られなくなることを見いだした。このことはBDNFが発達期の視覚野において、視床からの入力線維の皮質内分布に影響を与えうることを示唆する。さらに、入力線維の形態を定量的に解析した結果、BDNF投与領域の軸索は、その皮質内での長さや分枝数が対照皮質に比べて小さくなっていることがわかった。しかし、それら退縮した軸索が占める皮質面積には有意な変化は見られなかった。この結果から、BDNF投与による眼優位コラムの拡大は、視床からの入力線維がBDNFの作用により伸長したといった単純なものではなく、全体として退縮しながら皮質上に一様に分布するよう再編成されたことを反映するものと考えられる。 最近、BDNFが抑制性ニューロンの機能を亢進するということが最近報告されつつある。また、私は以前に、皮質ニューロンを抑制すると入力軸索に強力な退縮効果が見られることを報告した。これらのことから、BDNF投与が皮質内抑制系をupregulateし、皮質ニューロンの活動を低下させることで、活動依存的なメカニズムにより軸索の退縮を引き起こした可能性が考えられる。実際にBDNF投与領域の皮質ニューロンから光反応を記録してみると、対照皮質に比べて減弱しており、BDNF領域の皮質ニューロンは入力に対して強い反応を示さないことがわかった。さらに、抑制性伝達物質であるGABAの合成酵素GAD65を免疫組織学的に検索したところ、BDNF投与皮質では強い陽性反応を示すニューロンが多数観察された。このことは、BDNF投与により皮質内抑制機構が亢進していることを示唆する。
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