幼若ラットは、元来母のにおいと母性行動による体性感覚刺激の対提示による古典的条件付けにより、母親のにおいを学習する。体性感覚刺激として電撃を用いることにより、生後12日目のラットににおいの嫌悪学習が成立する。これまでに嗅球内への薬物注人により、においの嫌悪学習が促進されることから、嗅球内シナプスの可塑性がこの学習に関与する可能性が示唆された。記憶学習の基盤と考えられているシナプス可塑性には細胞内においてCREB(cyclic AMP response-element binding protein)の関与が知られている。そこでCREB合成を阻害する目的で、CREB antisense ODNを嗅球内に注入すると、長期記憶のみが選択的に阻害された。 1)さらににおいと電撃の対提示トレーニングを施した動物の嗅球を摘出し、その核抽出液を用いてCREBおよびリン酸化CREBに対するウェスタンブロッティングを行った。学習成立条件ではリン酸化CREBは増加しはじめ、1〜2時間でピークとなり、4時間後まで持続した。 2)CREB antisense ODNの投与は、嗅球中のCREB合成を抑制することにより結果的にリン酸化CREBが減少して、シナプス可塑を阻害することが明らかになった。 3)CREBのリン酸化に関わる酵素を検索するために、MAPK(mitogen-activated protein kinase)の活性化阻害剤PD98059を嗅球に注入した。濃度依存性ににおいの嫌悪学習成立が阻害された。またリン酸化MAPKの増加はトレーニングから10分後に増加しはじめ、60分まで持続することがわかった。PD98059の注入は、リン酸化CREBの増加を抑制した。 以上の結果から嗅球内においてMAPKのリン酸化、続いてCREBのリン酸化が起こり、学習成立へと導くことが明らかとなった。
|