転写の分子装置は、DNA情報の読み出しとRNAへの書き出し以外に、多くの調節機構を自立的に持っている。その中で物理現象としても、生体調節機構としても興味深いのは、1分子メモリーを調節機構に用いている点である。申請者は、ここ数年、 1.大腸菌RNAポリメラーゼ・プロモーター複合体が、安定な二つのコンフォーメションを持ち、一方のみが意味のあるRNAを合成し、他方はプロモーターにアレストされる。 2.両者の量比や両者間の可逆性はプロモーター配列で決定され、さらに転写因子によって変化し、転写開始の調節機構となっており、 3.このアレスト現象は広範囲のプロモーターで見られ、大腸菌の中で実際に働いており、 4.この分子メモリーの内容には、RNAポリメラーゼとプロモーターとの位置のずれを含む、 ことを証明してきた。 この研究の第一の目的は、この調節機構が、長年探されてきた、バクテリアにおける転写とDNA修復とのミッシングリンクかどうかを検証することにある。 15年度では、本来不活性なコンフォーメーションを形成しない、T7A1プロモーターを持つDNAに、UV光を照射してシクロブタンを形成し、そこからの転写と不活性なコンフォーメーションの形成を観測した。UV光を照射したDNAでは、転写開始の阻害がかかり、不活性なコンフォーメーションが増加していることがわかった。つまり、シクロブタン形成、転写開始阻害、不活性なコンフォーメーションの増加の間に因果関係がある可能性がしめされた。 次年度は、プロモーターのどの位置のシクロブタンが不活性なコンフォーメーション形成を促進するのかを決定する予定である。
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