蛋白質は一般に疎水部を水から避ける形で折り畳まれるが、疎水的な内部に水分子が存在する場合もある。これら内部結合水の中には単に空間を充填するだけでなく、機能に重要な役割を演ずる水分子の存在が考えられている。本研究では、濃度勾配に逆らってイオンを輸送する分子ポンプ蛋白質の機能発現過程における内部結合水の役割を明らかにするため、光駆動プロトンポンプであるバクテリオロドプシンなどを対象として、低温赤外分光を用いた研究を行っている。本年度は以下の成果を得た。 13シス型のレチナールをもつプロトンポンプ活性のないバクテリオロドプシン(暗順応型)、Asp85の置換によりクロライドポンプに転換したバクテリオロドプシンの赤外分光解析を行った。その結果、13シス型バクテリオロドプシンにおける水分子を含む水素結合ネットワーク構造はプロトンポンプ活性をもつ全トランス型のものとよく似ている一方、レチナールの光異性化による構造変化には大きな違いが見出された。クロライドポンプに転換したバクテリオロドプシンには、野生型のような強い水素結合を形成した水分子が観測されなかった。この結果は、ロドプシンがプロトンポンプ機能をもつためには、水素結合の強い水分子の存在が必要であるという我々が発見した経験則に当てはまるものである。 ハロロドプシンは、プロトンではなくクロライドイオンを輸送する光駆動ポンプ蛋白質である。ハロロドプシンの後期中間体に対する低温赤外分光と変異体を用いた研究により、細胞外側部位のGlu234が過渡的に解離することがわかった。細胞外側部位に現れる負電荷は、その反対方向へのクロライド輸送の駆動力の1つとなるものと考えられる。一方、ハロロドプシンはアジドの存在下では、クロライドではなくプロトンをポンプすることが知られている。低温赤外分光の結果、野生型とは違って強い水素結合を形成した水分子が観測された。この結果は、ロドプシンがプロトンポンプ機能をもつためには、水素結合の強い水分子の存在が必要であるという経験則に当てはまるものである。
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