研究概要 |
蛋白質の折り畳みや会合には,「蛋白質に対する膨大なエントロピー損失」を伴う。これを補償して余りある因子が,「水分子の並進運動に利用できる空間の容積が増加することに起因する水のエントロピー利得」であることを理論的に示した。 排除容積,露出表面積,および蛋白質近傍の溶媒の密度分布を特徴付けるパラメーターのみで,圧力変性の骨格を説明できる統計熱力学理論を与え,以下のことを示した:(1)天然構造と圧力変性構造の安定性が逆転する要因は,水の並進エントロピーにある;(2)圧力変性構造は,コンパクトであるにも拘らず露出表面積が大きく,水の単分子層が内部に浸透したような構造であり,熱変性構造(ランダムコイル)とは本質的に異なる。 蛋白質の溶解度や構造安定性に及ぼす塩効果に関する解析を行った。特に,塩基性蛋白質の構造転移に及ぼすアニオン種の効果(アニオンサイズが大きいほど添加効果が大きい)およびDNAのB-Z転移に及ぼすカチオン種の効果(カチオンサイズが小さいほど添加効果が大きい)に対して知られている実験結果を定性的に説明することに成功した。 上述した水のエントロピー利得に主眼を置いた独自のアプローチを採用して,蛋白質立体構造の有効な予測法の開発に取り組んだ。蛋白質の特殊性をうまく生かし,綿密な物理的考察の結果に基づいてモデルの単純化や計算労力の劇的な軽減を図り,以下の進展を見た:(1)構造エネルギー的に取り得る充分コンパクトな構造の中で,天然構造は水のエントロピーを最大にする構造である(水のエントロピー利得を最大限に利用して,主鎖と側鎖を鍵と鍵穴的に密に充填したユニークな構造に折り畳むことができるアミノ酸配列のみが自然淘汰されてきた)可能性が高い;(2)水のエントロピーに対し,高速(プロテインGの一つの立体構造当たり0.1秒以下)かつかなり正確に計算できる新たな手法を考案した。
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