蛋白質やミセルといったナノスケールの分子やその集合体の溶液内での振る舞いを取り扱うために、溶媒和自由エネルギーの解析法を確立することが必須である。本研究の目的は、内部自由度をもつ溶質およびその集合体の溶媒和自由エネルギーの分子論的解析手法の確立である。本年度は、ミセルの可溶化とペプチド系への応用を行い、以下の成果を得た。 1.これまでに定式化した方法論を用いて、ミセルの可溶化の解析を行った。可溶化は、有機化合物の溶質が、バルクの水からミセルの内部へ移行する過程に相当する。ミセル系を、水と界面活性剤からなる「混合溶媒」とみなすことで、ミセル系への溶質挿入の自由エネルギー変化を取り扱った。典型的なsodium dodecylsulfate系への疎水性溶質の可溶化の取り扱いを行った。可溶化能の小さな分子は、ミセル表面にも存在するのに対して、可溶化能の大きなものは、疎水性コアに局在することを見出した。セル外部に及ぶ相関の不在を示した。これは、擬相モデルの妥当性を示すものである。 2.グリシンやエンケファリンの分子内構造と水和の関係の自由エネルギー解析を行った。真空中で安定な中性状態とプロトン移動をおこした双性イオンとの比較、および、伸びた構造と縮まった構造の比較を行った。水和の影響によって、真空中では不安定な双性イオンが最安定であることを見出した。グリシンの場合は、連続体モデルによる計算もあわせて行い、連続体モデルでは、水中でも中性状態が安定であることを示した。これは、水素結合のような分子レベルの安定化機構が重要であることを示すものである。また、エンケファリンについて、真空中でもっとエネルギー的に不利な、伸びた双性イオン構造が、最も大きく水和によって安定化され、実現する構造であることを見出した。
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