脂質二重膜により隔てられた細胞の内と外にまたがるイオンやプロトンなどの物質輸送には、チャネルやポンプ、またはトランスポーターといった膜タンパク質が重要な働きをしている。これらのタンパク質の立体構造は近年次々に明らかになりつつあり、膜輸送タンパク質による物質輸送のメカニズムの解明は新たな段階に入りつつある。 特に、ポンプと呼ばれる膜輸送タンパク質では、物質やイオンの濃度勾配に逆らった輸送(能動輸送)を行う必要があるため、通常ATPを結合しそのエネルギーを利用する。その際、非常に大きな構造変化が生じることがあることがX線構造解析により明らかになってきた。このような大きな構造変化は通常、ミリ秒から秒といった非常に遅い運動であるため、仮に脂質二重膜・膜タンパク質複合体の分子動力学計算が可能となったとしても、通常の手法を採用した場合には到底計算することができない。従って、我々の目的従来はタンパク質の折れ畳み問題などに良く用いられてきた新しい計算手法を膜タンパク質の計算に採用することにより、効率の良いサンプリングを行い大きな構造変化の解析を実現することである。 そのために、本年度は効率の良いサンプリング手法の一つである拡張アンサンブル法の開発を行い、比較的小さなペプチドに関して、従来のMonte Carlo法と比較して遙かに効率の良いサンプリングを実現した。また、アミノ酸変異による安定性変化を見積もる効率の良い手法である自由エネルギー摂動法の開発・計算も行い、疎水性アミノ酸の変異により安定性がどのように異なるのかその物理化学的な考察をした。これらの手法を発展させ、膜タンパク質の計算に利用しやすい形にしていくことが次年度の課題である。
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