我々の研究課題では、脂質二重膜によって隔てられた細胞内外にわたるイオンやプロトンの物質輸送の分子機構を明らかにすることである。これらの物質輸送には、チャネルやポンプ、トランスポーターなどの膜タンパク質が関与するが、我々は既に6つの立体構造が明らかになっている筋小胞体カルシウムポンプを主なターゲットとしている。このタンパク質は、ATP1分子の加水分解のエネルギーを用いて大きな構造変化を生じ、イオンの濃度勾配にさからって細胞質中の2個のCa2+イオンを小胞体中に輸送する。また、この過程で、2から3個のプロトンを逆方向に輸送する。我々は、このプロトン対抗輸送の分子機構を理解するために、連続体モデルを用いた静電エネルギー計算により、Ca2+結合部位を形成するアミノ酸残基のプロトン化状態を予測し、Ca2+結合型と非結合型でプロトン化状態が異なることを明らかにした。予測されたプロトン化状態を仮定した全原子モデルを用いた分子動力学計算の結果、Ca2+結合部位は大きな揺らぎを持つものの安定に存在可能であることを示すことができた。一方、異なるプロトン化状態を仮定したモデルではCa2+結合部位は数nsで壊れてしまった。また、Ca2+結合型と非結合型におけるプロトン化残基数の違いは、対抗輸送されたプロトン数と対応していた。これは、X線結晶構造を用いた理論計算によりプロトン対抗輸送の分子機構を理解することが可能であることを示している。 カルシウムポンプの反応サイクルは、ミリ秒以上の遅い反応であるため、通常の分子動力学計算では追跡不可能である。この困難を克服するために、より効率的な構造サンプリングの手法である拡張アンサンブル法を用いた分子シミュレーションを実行した。これにより、αヘリックスを持つ小ペプチドの構造安定化機構を明らかにすることができた。
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