筋小胞体カルシウムポンプは、ATP加水分解のエネルギーを用いて細胞質中のカルシウムイオンを小胞体内へと輸送する膜蛋白質である。これまでに、カルシウム結合型や非結合型などの7つの立体構造がX線決勝構造解析法により決定されており、生化学実験データも含めて、もっともその機能に関してよく調べられている膜蛋白質の一つである。我々は、この立体構造を用いて、脂質二重膜や周囲の溶媒をモデリングすることにより全原子モデルを作成し、分子動力学計算を実施した。昨年度までの研究により、カルシウム結合型と非結合型では、イオン結合部位を形成している酸性アミノ酸残基に結合しているプロトンの数が異なっていること、そして、カルシウム非結合型におけるプロトンが、イオン結合部位の立体構造を安定化していることを明らかにした。本年度の研究において、カルシウム非結合型が、カルシウムイオンに関する親和性を高めるために、プロトンの脱離がイオン結合の前に起こっていることを見いだした。それにより、酸性アミノ酸残基の一つであるGlu309が溶媒に露出し、正に耐電したカルシウムイオンをひきよせている可能性が高いことが明らかになった。カルシウムポンプの酵素反応サイクルでは、E2(イオン親和性が低い状態)からE1・2Ca^<2+>(カルシウム結合状態)へ至る過程でE1状態、すなわち、イオン親和性が高いがカルシウムイオンを結合していない状態の存在が示されていたが、その構造は実験的には明らかではなかった。プロトンの脱離のシミュレーションによりあきらかになった構造は、E1状態の理解に役立つだろう。
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