生体膜を隔てた膜タンパク質による物質輸送機構を解明するために、膜タンパク質のみならず溶媒と脂質二重膜を含む全原子分子動力学計算を行った。本年度は、筋小胞体カルシウムポンプと膜輸送装置トランスロコンに関する計算を行い、以下のような結果を得た。(1)カルシウムポンプのカルシウム非結合状態を始状態とする100nsの計算により、リン酸化中間体の一つであるE2Pi状態と類似の構造を探索することができた。すなわち、カルシウム非結合状態の構造は非常に柔軟であることが示された。また、膜貫通ヘリックスの立体構造を維持するために、脂質分子の位置が重要であることが示された。(2)トランスロコンのPre-open状態からClose状態への構造転移の計算に成功した。おそらく、チャネルパートナーであるSecAあるいはリボゾームの結合なしではトランスロコンはClose状態をとっているのだろう。また、抗体タンパク質を結合した計算と結合しない状態における計算の比較から、抗体タンパク質がトランスロコンの構造を固定していることが明らかになった。Pre-open状態においては、脂質分子が細胞質側に開いた疎水的な穴に入り込んでおり、この構造を安定化していた。この2つの例は、タンパク質の構造変化が脂質分子との相互作用によって決定づけられていることを示す(我々が知る限り)最初の分子動力学計算の例であり、膜境界に働く柔らかい相互作用の重要性を明らかにした。
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