研究概要 |
本研究は、磁場中の水の物性に注目しバルクの水での水素結合ネットワークの磁場効果,次に固体界面での水素結合ネットワークの磁場効果について研究を進めてきた。 表面プラズモン共鳴により、水の屈折率を磁場の関数として精密に測定したところ、10T下では、水の屈折率は無磁場よりも1%増加した。H15年度では、磁場が誘起する水の構造変化を、分光学的に直接観測する事を目指した。10Tの磁場中に置いた水の近赤外吸収スペクトルを測定した。その結果,水の吸収スペクトルは強磁場中で長波長側の吸収が増大することが分かった。水のスペクトルの圧力依存性を調べた別の実験結果と比較して,このスペクトルの変化は水1分子当たりの平均水素結合数が磁場中でわずかながら増加していることを示唆した。測定されたスペクトル変化の全ての帰属は、今のところ明らかではない部分を含むけれども、磁場中で水1分子当たりの水素結合数が増加する原因を、以下のように推定した。水の磁化率χは次のように反磁性項χ_<dia>と常磁性項ルχ_<para>の和で表される;χ=χ_<dia>+χ_<para>。球対称な閉殻電子構造の水分子は反磁性項のみを持つが,水素結合を形成した水分子会合体は電子雲が分子間に広がって球対称な分布から大きくずれるため,常磁性項χ_<para>の増加に寄与すると考えられた。磁場中に置かれた水は磁化率が負であるために負の磁気エネルギーを持ち、不安定化する。この不安定化をうち消す向きに、すなわち、常磁性項が増加する方向に水分子の会合平衡が傾き,多くの水素結合を形成し安定化すると考えられた。以上、バルクの水分子に対する磁場効果の定性的な描象を獲ることはできたものの、定量的な詳細は今後の検討となった。 一方、バルクの水分子への磁場効果とは別に、多結晶金電極近傍の水の磁気光学特性が、バルクの水のそれとは異なる結果を得た。SPR測定とPSD測定は、測定原理が異なるために、観測している水の空間位置が大きく異なる。SPRは、金薄膜から全反射状態で染みだした近接場光が屈折率をプローブするため、金薄膜表面から200nm領域までの水の屈折率を測定している。一方、PSD測定は、光の屈折に基づく光路の変位を測定しているため、ガラスセルに満たされたバルク水の屈折率を測定している。水の屈折率の磁場強度による変化を測定して、両者の間には、無視できない差が存在した。金薄膜表面上に捕獲される水を排除するために、金上に長鎖アルカンチオールの自己組織化単分子膜を修飾し、アルカンチオール自己組織化単分子膜を修飾したSPRセンサーで屈折率の磁場依存性を測定すると、PSD測定の結果に近づいた。この事は、金表面に局在し並進運動の自由度を失った水の磁気特性は、バルクの水のそれとは大きく異なることを意味する。この磁気特性の変化は、2次元的に捕獲された水分子同士の水素結合の在り方と、バルクの水分子の水素結合の在り方に違いがあることを示唆する。
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