有機フリーラジカルなどの開殻有機分子は、不安定な短寿命の化学種として認識されてきたが、安定化のための有効な分子修飾を施すことにより、新しい機能性材料の源として注目を集めている。本研究における最も大きな成果は、電子スピンが分子骨格全体に広く分布している「スピン非局在型」の電子スピン構造を有する空気中でも安定な縮合多環型中性開殻有機分子の設計・合成である。そして、その特異な性質に起因した以下の物性を見いだした。 (1)電子スピンが関与したサーモクロミズムと作用機構の分子レベルでの解明:中性ラジカル溶液が低温下で生成するπ-ダイマーの分子構造を実験的に決定し、12中心2電子の長い炭素-炭素結合の存在を明らかにした。また、ラジカル会合体における芳香族性についての議論を初めて提唱した。 (2)純有機開殻分子におけるスピン中心移動型のスイッチングシステムの創製:分子内電子移動によって生成する2種類の異なる電子スピン状態を有する中性ラジカル間を、溶解させる溶媒の種類や温度を変化させることにより100%相互変換させる事に成功し、実験的にその機構を明らかにした。 (3)非局在型一重項ビラジカル炭化水素の合成、半導体的挙動および非線形光学特性:30〜50%程度の高い一重項ビラジカル性を示す炭化水素の合成・単離に成功した。そして、特異な一次元鎖構造に起因した単成分炭化水素分子としては最高の室温電気伝導度や、理論的に予想されていた巨大な二光子吸収断面積を実現した。
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