動物が成長するにしたがって学習能力を獲得していく過程の分子機構についてはまったく不明であるといっても過言ではない。本研究計画では、それを世界に先駆け明らかにすることを目指すとともに、その研究成果を応用して、より効率的な学習法開発のための基礎的データを得ることを目的とした。具体的には、マウスやラットの海馬や扁桃体のスライス標本を用いて、シナプス伝達とその可塑性を電気生理学的に解析するとともに、遺伝子改変マウスなどの機能解析を行って、記憶能力を決定する分子機構の解明を進めた。おもな研究成果としては、マウスのApoEの代わりに、アルツハイマー病の危険因子とされるヒトのApoE4を発現するノックインマウスを用いて海馬スライスCA1領域におけるLTPを比較・検討したところ、若年変異マウスではLTPの増大が観察されたが、成体変異マウスでは異常はみられなかったことから、ApoE4は年齢依存的にシナプス可塑性を調節することが明らかとなった。また、チロシン脱リン酸化酵素であるPtprzを欠損するマウスにおいて、海馬スライスCA1領域における興奮性シナプス伝達のLTPが、若齢マウスでは正常だが、成体マウスにおいては有意に増大していることを見出した。NMDA受容体シナプス応答には異常がみられず、ROCK経路の阻害によりこの増大が選択的に消失したことから、NMDA受容体活性化以降の過程に異常があることが示唆された。さらに、場所記憶能力の異常が成体マウスのみでみられたことから、これらの異常は年齢依存的に出現することも明らかとなった。これら以外にも多くの機能分子の遺伝子改変マウスの解析などを進め、数多くの研究発表を行った。
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