我々は前年度までに、独自に開発したアト秒位相変調器(APM)を用いて10アト秒以下の精度で光学位相を操作する技術を開発し、これを用いてHgArファン・デル・ワールス錯体内に発生した2個の振動核波束の量子干渉をほぼ100%のコントラストで完全制御することに成功した。また、干渉直後の波束の位相情報は、各振動固有状態のポピュレーション比を使って読みだすことができ、この各固有状態の振幅情報は、系全体のコヒーレンスが消失した後でも分子集団内に30ns以上保存されることを実証した。これら一連の知見は、分子の内部量子状態を用いた情報処理の可能性を示唆するものである。今後、分子の内部量子状態をより高度な情報処理に応用するにあたって、これまで行なってきたデコヒーレンス後のポピュレーション測定をコヒーレンスの直接測定に発展させる事が望ましい。そこで我々は、ヨウ素分子内に発生させた2個の振動波束の干渉を実時間観測する試みを開始した。APMによってアト秒精度で位相ロックされたフェムト秒レーザーパルス対をヨウ素分子に照射し、同様に位相ロックされた振動波束対をB状態ポテンシャル上に発生させる。これらの量子干渉を、別のフェムト秒レーザーパルスを用いたレーザー誘起蛍光法によって実時間で観測する。これによって、コヒーレンスの時間発展が、波束を構成する各振動固有状態間の位相関係に敏感である事がわかった。ポピュレーション測定とコヒーレンス測定を組み合わせる事によって、振幅情報と位相情報の両方を分子に書き込んで保存し、読み出すことが可能であることを実証した。振動固有状態の組を量子ビットとして用いる一分子量子コンピューターの可能性が示された。
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