研究概要 |
トリプレットリピート病の代表例である脆弱X症候群患者では脳の高次機能(特に可塑性)に直接関わることが確実視されている樹状突起上スパインの形態異常が見られる。これはFMR1遺伝子の機能喪失によると考えられているが、その分子機構は不明である。ショウジョウバエをモデル動物として用い、FMR1が位置する遺伝学的分子経路を明らかにするため、FMR1機能の変化が、どのように細胞形態レベルでの変化、そして個体の行動レベル(概日リズムと記憶障害)での変化に至らしめるかを検討した。以下の結果を得た。 1.dFMR1蛋白質が性行動関連遺伝子産物Lingererと相互作用することを見いだし、これらの遺伝学的相互作用を検討するため、dFMR1-Lingerer2重変異体を作成した。これら変異体を用いて神経-筋結合部位(NMJ)の形態を観察したところ、dFMR1変異体では神経末端の過成長が、またLingerer変異体では神経末端の萎縮が見られ、dFMR1-Lingerer2重変異体では野生型に近い形態を示した。一方、dFMR1過剰発現変異体では神経末端の萎縮が、またLingerer過剰発現変異体では神経末端の過成長が見られた。 2.行動の解析から、dFMR1変異体が示す記憶障害が正常dFMR1遺伝子を外来性に導入することで正常に回復した。また、ヒートショックプロモーターの下流にdFMR1遺伝子を組み入れたdFMR1変異体バックグランドのトランスジェニックフライを作成し、このトランスジェニックフライの成虫でdFMR1を強制発現させたところ、dFMR1の記憶障害に改善がみられた。さらに、dFMR1変異体のプロテオミクス解析から、dFMR1変異体ではモノアミン合成系の発現上昇と脳内のドーパミン量の上昇が報告されていたが(Zhang et al, Mol Cell Proteomics,2005)、dFMR1変異体同様ドーパミンレベルが過剰となっているfmn変異体でもdFMR1変異体同様顕著な記憶障害が起こることを見出した。 3.一方、ヒトとショウジョウバエFMR1の機能保存に関しても検討した。生物時計中枢細胞特異的プロモーターを用いてヒトFMR1を強制発現させると、活動リズムの周期性が24.4〜24.9時間に延長し、ハエFMR1を過剰発現した場合と同様に生物時計の周期を遅らせた。また、ユビキタスに働くarmGAL4を用いて、ヒトhFMR1をFMR1欠失変異体に導入すると、短命化していた欠失変異体の寿命が改善され、約70%の個体の活動リズムが回復した。さらに、timeless-GAL4系統を用いて、ヒトhFMR1を欠失変異体に導入すると、70〜90%の個体の活動リズムが回復した。
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