本研究では、概日周期生物時計の出力系として、最重要なものの一つである睡眠覚醒制御機構について、ショウジョウバエを対象に、遺伝学・分子生物学的な解析を行った。近年の研究の進展に伴い、脊椎動物と昆虫の間で、核酸レベルで保存された時計遺伝子が、概日周期を制御することが示された。また、昆虫などの無脊椎動物にも、睡眠類似行動があることが示されているが、睡眠は、基本的に高等脊椎動物の脳機能であると考えられるし、また昆虫の睡眠の分子レベルでの機構は、全く未知だった。私たちは、ショウジョウバエが遺伝学手法に優れることに着目し、その睡眠の解析を行うプログラムを開発し、測定する系を確立した。そのシステムを使って、概日周期変異と睡眠の量の関係を調べたところ、ネガティブフィードバックを行う転写因子の、ピリオドとタイムレスの変異では、睡眠に対する影響はなかった。しかし、これらの転写因子の発現を正に制御する、サイクルの変異では、睡眠の量が減っていることを見い出した。また、それに加えて、睡眠が量的にも質的にも減少したショウジョウバエの発見した。この変異株を、加刀変異と名付け、遺伝学的解析をしたところ、原因がドーパミントランスポーターの欠失であることを突き止めた。このトランスポーターは、哺乳類においても、コカインやアンフェタミンなどの覚醒物質の標的になることから、睡眠覚醒制御に働いている。この結果は、行動レベルだけでなく、遺伝子・物質レベル札、睡眠覚醒制御機構に昆虫と哺乳類の間に類似性があることを初めて示した。
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