大腸菌O157の高い感染力と毒性の高いベロ毒素を生産する能力は、本病原体に対する予防や感染後の治療において、高い検出感度の検査法やベロ毒素生産を活性化しない抗菌剤の開発等の困難な問題を提起している。本研究では、大腸菌O157の弱毒化条件を確立することを目的とする。 これまでの研究成果から、香辛料精油成分の中でナツメグに多量含まれるβ-ピネンが大腸菌O157に対してベロ毒素生産性を活性化することなく特異的な大腸菌O157に対する増殖抑制作用を有すること、および、オールスパイスに多量含まれるオイゲノールが大腸菌O157の増殖に影響を与えない濃度範囲でベロ毒素生産を抑制することが明らかとなった。本年度は、大腸菌O157の高い酸耐性を低下させる条件を検討した。まず、本病原体の酸耐性をいずれの増殖段階で測定するかを検討した。その結果、酸耐性は増殖段階に依存して変動し、増殖の定常期に最も高い酸耐性を示すことが判明した。しかし、増殖温度を室温以下に低下させた場合には増殖段階に依存した酸耐性の上昇はみられなかった。そこで、香辛料精油成分の酸耐性に対する影響は、各増殖温度毎に種々の増殖段階で調べる必要があると考えられた。培養温度を5、10、15、20、25、30、35度として、増殖段階を対数増殖期初期、対数増殖期中期、定常期における大腸菌O157の酸耐性を種々の香辛料抽出液存在下で調べた。その結果、ショウガ抽出液は、培養温度20度以上において増殖段階に依存した酸耐性の上昇を抑制し、また、培養温度15度以下において培養時間の経過と共に大腸菌O157の酸耐性を低下させる傾向が見られた。このショウガ抽出液の作用は本病原体の酸耐性機構の1つであるグルタミン酸脱炭酸酵素の転写抑制にあることも判明した。有効成分の同定は現在進行中である。今後は、香辛料精油成分の組合せにより、ベロ毒素生産性と酸耐性を共に低下させる弱毒化条件の検討に進む予定である。
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