本研究は、文化財の密集する奈良盆地北部の文化財所在地を主なフィールドとして、大気環境、とりわけ文化財の損傷の主原因である酸性大気汚染物質(二酸化硫黄、二酸化窒素、塩化物イオン)の濃度を観測するとともに、金属・顔料・染織等のサンプルおよび実際の文化財への影響を計測し、大気汚染が種々の材質よりなる文化財に及ぼす影響を定量化し、その予防策と大気汚染から文化財を保護する環境の形成を研究するものである。この研究は奈良のみならず日本全国、ひいては世界の大気汚染下にあって損傷の危機に曝されている文化財の保存に寄与するものである。 本研究期間中の4年間、奈良盆地北部の東大寺経庫、正倉院、春日大社、元興寺、薬師寺等12観測点、レバノン・ティール、韓国扶余の海外観測点において、トリエタノールアミン円筒濾紙法による大気汚染の濃度測定、温湿度データロガによる温湿度変化測定の記録をとるとともに、7観測点に設置する金属・顔料等の大気曝露サンプルの色彩と表面生成物等の変化(劣化)の測定を行い、大気汚染の文化財への影響を定量化し評価した。 その結果、奈良における大気汚染濃度は、東京、大阪、京都等の大都市と比較すると、濃度は1/3〜1/5と低いものの、金属・顔料・染織サンプルの変化(劣化)は激しく、また文化財そのものの損傷(劣化)も年々深刻な状況となっている。奈良の文化財の損傷を止めるためには、1975年の大気水準に戻す必要がある。また、二酸化窒素の場合、文化財と大気汚染発生源の距離をさらに500m遠ざければ5ppb削減でき、その間に樹木帯を設ければさらに汚染度は半減できる。すなわち、奈良の文化財所在地では、半径500m以内には自動車乗り入れを禁止すればよいのである。これらのデータおよび考察を研究報告書にまとめ、文化財環境の改善への提言とした。
|