研究概要 |
本研究では,森林生態系において,温暖化・温度上昇に対する堆積腐植層(0層)中の溶存有機物(DOM)の組成変化を解析することを目的として,0層試料の室内インキュベーション実験ならびに簡易チャンバーを用いた野外における温度上昇実験によって,温暖化・温度上昇に伴うDOMの応答変化,とくにその組成変化を明らかにした。筑波大学附属川上演習林内のミズナラが優占する落葉広葉樹林下の褐色森林土および山梨県大弛国有林内のコメツガを主体とする針葉樹林下のポドゾル性土を研究対象地点として,O層試料(川上演習林)を,10℃,15℃,20℃の異なる温度条件下で80日間培養後に蒸留水を用いて得られた浸出液中のDOM,および野外において簡易チャンバーを用いて得られた土壌浸透水中のDOMに関する実験を行った。 1.室内実験で得られた浸出液中の溶存有機炭素濃度(以下,DOC)は,培養の温度上昇により濃度上昇のピーク時期が経時的に変化すると伴に,DOMの親水性画分割合は,実験開始時よりも80日目試料で高く,共存する陽イオンの溶出量は,培養温度が高いほど早い時期にその濃度が上昇する傾向が示された。さらに,DOMの化学構造は,培養温度によって異なり,温度が高いほど不飽和度が高く,より低温では芳香族炭素が増加することが示唆された。 2.野外実験により得られた浸透水中のDOMは,簡易チャンバーによりO層の日平均温度が0.5℃ほど上昇し,DOC濃度も高くなった。DOMは落葉分解の中間産物として生成されるものが主体と考えられ,室内実験で得られた培養温度とDOC濃度の関係から考えると,温度がより高いほど分解が促進されると考えられた。また,O層温度上昇により溶出DOC濃度の上昇が早くなったが,DOMの親水性画分割合への温度上昇による明確な影響は認められなかった。また,温度上昇により土壌表層の一般的理化学性に変化が認められた。 3.以上,温暖化・温度上昇は,溶出DOMの濃度上昇を伴いながら,より不飽和度が低い芳香族炭素(おそらくフェノール,フルポ酸様物質)の溶出を促進し,ひいては土壌表層の諸性質が変化する可能性があることが明らかとなった。 上記の気候帯の異なる両研究地点の比較から,より冷涼な気候帯に属する森林生態系ほど,温暖化・温度上昇に対するDOMの性状・化学組成が大きく変化し,森林生態系の将来的な変化予測にとって基礎的な知見が得られた。
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