研究概要 |
事象関連電位研究では、128チャンネル脳波装置を用いて左方転位かき混ぜ文,右方転位文,三項動詞文、言語と数学的計算の異同、格助詞の処理に関するプライミング、使役構文などの実験を行った。最も重要な発見として、左方転位の長距離かき混ぜ文(弁護士を/社長は/秘書が/探していると/言った)」では,標準語順文に比べて、第一、第二名詞句にて持続性の前頭部陰性波(Sustained Anterior Negativity, SAN)が、第三名詞句にて左前頭部を中心とするP600が認められた。SANは3つの側面から成り、統語違反を示す早期陰性波が300-400msの潜時帯で左後頭〜側頭部に出現し、600-1200msでは両側前頭部で要素の保持が行われ、1400-1800msにて第三名詞句の予測のために再び左半球の関与が大きくなった。「構造の統合」を示すP600は左半球優位で出現し、意味の統合とは区別された。文末動詞で初めて移動に伴って生じる文処理の再計算(名詞句と意味役割の照合を含む)を反映すると思われる陰性波が両側前頭部に出現した。右方転位文では,名詞句の転位と付加詞の転位を比較したところ,両者ともに陽性成分(P600)が認められた。しかしその頭皮上分布が異なり,項の処理では左半球が,付加詞の処理では右半球に大きな活動が認められた。これより項と付加詞の処理では脳内基盤が異なることが示唆された。三項動詞文の実験では、動詞句内かきまぜ文(ガーヲーニ)が標準語順文(ガーニーヲ)に比べて、動詞の出現時に統合を表す陽性成分が観察された。これは、転位要素が構造へ統合する位置が構文によって異なることを示唆しており、従来の統語解析理論への再考を促すものとして注目される。また、構文の種類にかかわらず、いずれの実験においても転位要素の構造への統合では左前頭部での陽性成分が観察されたことより、言語処理における構造への統合は、左前頭部が深く関与していることが示唆された。言語の統合と数学的計算の統合について、処理メカニズムの異同を検討した。その結果、両者で部分的には重なるものの、計算の統合では、言語の統合では活性化しない右頭頂部での活動が示されたことより、言語機能のモジュール性を部分的に支持する結果を得た。同一の文と課題を用いて脳磁図(MEG)とERPで中距離かき混ぜ文を計測したは、LSC-CCの差分頭皮上分布では,300〜500msにかけて大きな陽性成分が見られ,その中心は800msまで持続していた。この成分は左側に偏移し、前頭から側頭まで分布している。MEGでもこのような活動が見られ、それはROI活動電流の空間的重なりを反映すると考えられる。語彙使役文とサセ使役文の処理では、前者にN400とP600が、後者には埋め込み文の処理を反映すると思われる前頭部陰性波が出現し、その脳内処理基盤が異なることが明らかになった。
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