国際比較の視点を持ちながら、近代日本の死亡率の動きやその水準をもたらした原因を探ることが本研プロジェクトの目的であった。そのことをとおして、同時期の日本社会を理解しようと考えたのである。本研究プロジェクトの成果は、おおまかにつぎのようにまとめることができる。まず、研究初年度に、海外共同研究者のビセンテ・ペレス・モレダ教授、ディエゴ・ラミロ・ファリニャス博士、そしてキルシ・ワープラ博士と分析の枠組みについて議論することができた。彼らとおこなった検討をふまえて、まず都市の死亡率と人口密度の高さ(人口移動の結果)との関係を、まずマルチエージェント・シミュレーションという手法を用いて、つぎに明治期の都市の死亡率と人口密度データを用いて検討した。つぎに死産および乳児死亡を対象として、それらの統計の精度が20世紀初頭においてすでに高かったことを実証した。そのうえで、次のような仮説を示した。都市では人工哺育が乳児死亡率を高めたといわれているが、乳児死亡率の水準が明治・大正期に高かった原因は農村も含めて乳汁の質の悪化(希薄化)や量の低下(不足)であり、さらにそのような母乳問題は過度な女性の労働負担によりもたらされたという仮説である。そして、この仮説の妥当性を、農村を対象として検証した。母乳哺育の割合が高いにもかかわらず、乳児の発育が不良であったことを明らかにし、そこから母乳に問題があったと判断した。そして、出産後の女性の過度な労働負担が乳汁を希薄にし、その量を減少させたと結論した。研究最終年度には、研究プロジェクトが収集した史・資料をどのようにしてアーカイビングするかについても検討した。そこではとくに、インターネットを通した情報提供を前提とした史・資料の目録化やコンテンツのデータベース化などの技術を学ぶことができた。
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