本研究ではまず、異性体分離質量分析装置を開発し、質量選別された炭素クラスターイオンの分離を試みた。開発した異性体分離装置では、飛行時間質量分析計の内部にHeガスを導入できるドリフトチューブセルが設置されている。クラスター源で生成されたイオンは加速された後チューブ内に入射してHe原子と衝突を繰り返しながら電場に導かれて進行する。この進行速度はイオンの幾何学的断面積に依存した移動度によって決まり、その構造の違いによってセルを通過して出てくる時刻が異なる。もともとクラスターイオンは質量によって飛行速度が異なるので、結局質量と構造異性体の両方を空間的に分離することが可能となる。実際にはサイズ10前後で直鎖型から環状への構造転移が知られている炭素原子クラスターイオンC_n^+に関して異性体分離を観測した。その結果、C_7^+のイオンピークが二つのGauss分布からなることが示された。これは、遅い飛行時間に現れる直鎖構造のイオンと早い飛行時間ピークの単環状イオンの二つの異性体が分離していることを意味している。このような飛行時間分析計内部での異性体分離は世界でも初めてであり、今後の分光研究への展開に道を開くことができたと考えている。 この研究と並行して、金属-有機分子クラスターイオンにおける構造異性体の観測を行った。具体的には、マグネシウム一価イオンとヨウ化メチルからなるクラスターMgCH_3l^+について、光解離分光を適用した。そのスペクトルと理論計算の比較から、このイオンは有機化学におけるGrignard試薬の一価イオンの形をしているにもかかわらず、気相構造はMg^+に対してヨウ素が配位した錯体構造であることがわかった。この例のように本研究を通して、あからさまな異性体分離をすることなくクラスターの複数の異性体の共存を確認する分光手法の確立にも寄与することができたと考えている。
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