反応余剰エネルギーの緩和は、液相中での化学反応を理解するうえで非常に重要な過程である。ミオグロビンヘムの面内振動や面外振動について、アンチストークスバンドの強度減衰を測定し、各モードの振動エネルギー緩和速度を求めた。それらの値を比較し、ヘムの振動緩和過程について議論した。 (1)振動モード間相互作用 面内振動について、v_5モードの時定数は他の面内振動モードの値に比べて3倍程度大きかった。v_3、v_4、v_6、v_7モードはいずれもポルフィリン環のπ共役系構成原子の変位を伴う振動であり、互いに非調和性結合が大きいと考えられる。これに対して、v_5モードはピロール環の炭素原子と側鎖の炭素原子との間の伸縮振動であるため、他の面内振動モードとの間の非調和性結合が比較的小さいと予想され、上述のずれを生む原因と考えられる。また、低波数側に観測された2つの面外振動[v(Fe-His)およびγ_7モード]はいずれも面内振動モードの値に比べ小さな時定数を示した。これは面内振動と面外振動との間の非調和性結合が小さいことに由来すると考えられる。 (2)プロピオン酸基の効果 冷却過程における、ヘムのプロピオン酸基の効果を調べるために、プロピオン酸基を持たないヘムを含む再構成ミオグロビンを調製した。この系について得られたアンチストークスバンド強度減衰の時定数を、天然ミオグロビンのものと比較したところ、両者の時定数に大きな違いはみられなかった。このことは、ヘムの振動緩和過程においてプロピオン酸基が重要なチャンネルになっているという他の研究結果を支持しない。プロピオン酸の有無に関わらず、ヘムの振動冷却の速度がほとんど変わらないということは、ヘムが受け取った余剰エネルギーが、プロピオン酸基を通じてヘムから直接水に伝わっているのではなく、タンパク質を経由して水に伝わっていることを強く示唆する。
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