研究概要 |
薄膜の実用化に際して最も重要となる亀裂の防止や密着性の向上は,成膜時に不可避に高い残留応力が発生するため容易にコントロールすることは困難で,これまでは成膜温度,ガス分圧などの成膜条件の最適化,基材表面あらさの調整,中間層形成など母材-薄膜材料の組み合わせに応じ,その都度経験的に解決してきた.そのため,実用コーティング膜として期待されるものの,密着性等が乏しいために工業的に商品化が不可能で,革新的な技術発展を滞らせる要因になっている.従って,成膜条件とは独立に自由に薄膜の残留応力の制御を容易に行なえ,望みの密着性,耐久性と機械的性質を任意に薄膜に与えることのできる画期的手法の開発が切望されている.本研究はこれまで困難であった残留応力の自由制御を,基板の超音波励振による手法の確立と,そのメカニズムの解明を目的とした.本研究期間内での研究業績の概要は以下である. (1)高真空成膜チャンバー中での励振システムの開発 PZT素子を用いて基板を縦方向に励振するよう設計した.励振条件は,振動数:0-10^6Hz,印加電圧:0-100Vの範囲であり,チャンバー外部から制御が可能である.印加電圧と振幅の関係は0.2nm/Vであった.成膜中の基板の湿度上昇は20℃以下で,本手法による残留応力変化は真応力によるものが主であると判断できた. (2)振動数・印可電圧と残留応力の相関関係の把握 振幅の増加に伴い,圧縮応力が緩和し,引張応力へと連続的に変化した.したがって,本実験条件では振動数よりも振幅すなわち印加電圧の変化が残留応力制御に対して有効であることがわかった. (3)薄膜材料,基板材料などの成膜条件を変えた場合の励振条件と残留応力の相関の把握 基板の結晶性と膜厚に依存せず,結晶性膜において基板を縦励振することにより残留応力を圧縮応力から引張応力への制御が可能であることがわかった. (4)メカニズムの解明 励振の影響で薄膜の微細な初期核密度が増加すると粒径の小さい柱状組織が発達する.このため,細織の微細化つまり粒界の増加により膜密度が低下する残留応力が圧縮応力から引張応力に変化するメカニズムをX線回折実験よりモデル化できた.
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