研究概要 |
嗅覚は機器分析でも分離が難しいと言われる光学異性体でさえ、数秒で識別できるナノスケールの分子構造識別能を有している。動物は嗅覚によって、対象の危険性・有害性、有用性、含有成分の推定などの評価を行い、生命の安全・維持を図っている。しかしながら、既存の匂いセンサーはこの嗅覚の優れた機能を代替できる性能に到達していない。本研究では、嗅覚レセプタを培養細胞に発現させた細胞群をセンサー化して嗅覚の匂い分子識別能と同等な識別能の実現への足がかりとして、嗅覚レセプタ利用嗅覚機能代替匂いセンサープロトタイプ開発とその基盤技術の確立を目指して行った。得られた結果の概要は、以下にまとめた通りである。1)嗅細胞特異的に発現している分子シャペロンRTP1,RTP2(Saito, H., et al., Cell, 119:679-691(2004))をHEK293細胞に共発現させることにより、一部のタイプの嗅覚レセプタを培養細胞に機能発現でき、応答の繰り返し測定が可能であること、および嗅細胞に発現していた時の刺激分子識別特異性がほぼ保存されていることが確認された。この要素センサー素子は、既存の匂いセンサーの刺激識別特異性を革新しうるものである。これらの分子シャペロンでは機能発現できなかった嗅覚レセプタについては、適した分子シャペロンを明らかにし、用いることで要素センサー素子を調整できると期待される。2)光学異性体2種に対するレセプタコードの相違について、フレッシュなハーブ様の匂いを有すカルボンに加えて、花臭1組についても主要な相違を見出した。現在、全容を確認するために引き続きデータ収集中である。3)匂いセンサーシステムで各センサー要素の出力信号から匂い表現情報を算出するための基本アルゴリズムとして、レセプタ感度依存的階層情報符号化仮説を提唱しているが、モルモットの二次嗅覚中枢の匂い応答を単離全脳試料において計測・解析することにより、仮説を支持する新たな生理学的データが得られ始めている。以上、アレイ化されたプロトタイプの試作は完成に至らなかったが、上記の要素センサーは高い性能を有すことが確認され、ほぼ目標は達成できた。今後、多要素センサー複合化とアルゴリズムとの組合せにより革新的匂いセンサー開発が推進できると期待される。
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