研究概要 |
キノコ体は、節足動物の脳において見られる発達した神経構造であり、学習・記憶・認知などの多様な高次機能の中枢である。我々は、これまでに、ショウジョウバエPax6相同遺伝子であるeyelessとtwin of eyelessが、キノコ体神経細胞で高レベルで発現しており、これらの遺伝子の変異体ではキノコ体神経構造の形成が著しく阻害されることを報告してきた。キノコ体の形成と機能を支える遺伝子網をより包括的に理解するために、ショウジョウバエ全ゲノムを網羅するマイクロアレーを用い、成虫のキノコ体で発現する多数の遺伝子を同定した。さらに、RNA千渉法によりキノコ体形成における機能的重要性の検討を行い、神経構造の形成を制御する多くの遺伝子を明らかにした。 いっぽう、学習記憶中枢の形成と可塑性をより総合的に理解するために、キノコ体形成を制御する遺伝子の探索と平行して、ショウジョウバエ幼虫を用いた新しい学習記憶パラダイムを開発した。これまで、ショウジョウバエの学習記憶研究はもっぱら成虫を用いて行われてきたが、変態により再編成される複雑な神経回路や,成虫が示す多様な遺伝的背景の影響などが個々の神経ネットワークを押さえつつ解析するうえで大きな障害であった。我々は、特定の匂い物質をショ糖と同時提示することにより、幼虫においても嗅覚連合学習が効率良く成立するパラダイムを確立した。この報酬パラダイムでは、cAMP応答配列結合因子(CREB)を介した新しい遺伝子発現が誘導され、匂い記憶が数時間にわたり維持されるた。一方、強力な忌諱物質キニーネによる負の条件付けでは遺伝子発現を誘導できず、記憶は20分で失われた。この結果は、正と負の異なる条件付けより質的に異なる記憶が形成されることを遺伝子レベルで明らかにするものであり、それぞれにおいて異なる分子機構が活性化されることを示している。
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