研究課題
神経系の特徴は並列信号処理にあると言われている。しかし、なぜ「並列」なのか? 神経が「高性能な単一」ではなく多数の繊維(神経細胞)からなる「束」なのか? 多細胞生物としての当然の帰結なのか? 単細胞でも細胞表面に複数の受容体分子が並んでいるのは「並列処理」を意味しているのか? これらの疑問は、つまるところ、神経系は進化の上での如何なる淘汰圧への適応の産物なのか、またその適応にはいかなる拘束条件が付きまとったのか、を問うことになる。本研究の目的は、全ての細胞は熱雑音感受性を持っており、そのことが全動物に共通する神経系の並列構造の起源であることを実証することである。コオロギ尾葉上で近傍にある気流感覚毛でも、そのブラウン運動は互いに無相関であることを確認するため、既設の気流感覚毛ブラウン運動計測装置を2チャンネル化し、隣り合う感覚毛のブラウン運動の同時計測を試みたが、検討に値する計測は達成できなかった。また、ボルテージ・カレントクランプ両方をプローブの付替えで計測できる高性能アンプをもちいて、気流感覚毛のブラウン運動と感覚細胞の電気的応答の相関(コヒーレンス)計測を試みたが、十分な計測法を確立できなかった。計測と平行して理論的検討を進め、確率統計学や情報理論で「加算平均原理」と呼ばれる現象(標本の平均値が母集団の真の平均値から外れる確率が、標本数の平方根に反比例して少なくなる)に着目した。生きているがゆえに熱雑音に拘束された細胞でも、多数による加算平均化によって、生存価すなわち雑音以下の外界の信号(資源の時間的空間的偏在という淘汰圧)の検出精度が向上することを明らかにした。もちろん、「束」の前提として多細胞体制は必要であるが、多細胞化の直接的生存価自体も、「加算平均原理」で説明できることを示した。
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