研究概要 |
近年、様々な動物で、学習・記憶に一酸化窒素(NO)を介した細胞間のシグナル伝達が重要な役割を果すことが報告されている。しかし、その仕組みを個体レベルでの行動と直接結びつけて解明する試みはほとんど行われていなかった。そこで本研究では、昆虫を材料に、長期記憶の形成にNOが果す役割について調べた。コオロギでは1回の嗅覚学習訓練(匂いと報酬の対呈示)により学習が成立するが、その記憶は数時間しか保持されない。一方、4回の学習訓練を行うと、学習後少なくとも4日間は保持される長期記憶が成立する。平成15年度の研究により、コオロギの学習訓練の前にNO合成阻害剤,NO除去剤,cGMP合成酵素阻害剤、cAMP合成酵素阻害剤,PKA阻害剤などを投与すると長期記憶の形成が阻害されること、NO発生剤(SNAP),膜透過型cGMP、透過型cAMPなどを投与すると長期記憶の誘導が起こることがわかった。平成16年度は、cGMP合成からcAMP合成に至るシグナル伝達経路について、長期記憶の阻害剤と誘導剤の系統的な組み合わせ投与によって調べた。その結果、NO-cGMP系とcAMP-PKA系の間をCNGチャネル(環状ヌクレオチド依存性陽イオンチャネル)およびカルシウム-カルモジュリン系が、介在していることが明らかになった。平成17年度は、cGMPがcAMP経路を介さず直接PKAに作用する経路が存在する可能性について検討した結果、匂い学習の際にはcGMPはPKAとは別のコンパートメントで発生するため、直接PKAには作用できないことがわかった。本研究により、動物の長期記憶に関わるシグナル伝達経路の全容が初めて明らかになった。
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