研究概要 |
本年度の計画に従って、研究を遂行することができた。本年度は、明治時代以前(近世アイヌ文化期・江戸時代末期)から現代にかけてのエゾシカ集団の系統地理・遺伝的多様性の変遷を明らかにすることを目的とした。特に、明治初期の大雪によるエゾシカ集団のボトルネック効果を遺伝的に検証するため、北海道各地における考古学遺跡や貝塚から発掘されるエゾシカ遺存体(骨)について、ミトコンドリアDNAの古代DNA分析を行った。その古代DNAデータと私たちが以前に報告した現代エゾシカ集団の遺伝的特徴とを分子系統学的に比較解析した。各地域の博物館および埋蔵文化財センターなどの協力により、北海道の太平洋岸を中心とする11箇所の遺跡から発掘されたエゾシカ標本を分析することができた。その結果、現生エゾシカ集団で優占する3つの遺伝子タイプ(a, b, cタイプ)のうち、現在、北海道全域に分布するaタイプは、明治以前にも全域に広く分布していたことが明らかとなった。bタイプは、現在、大雪からオホーツク海沿岸にかけて分布しているが、明治以前には石狩低地帯にも分布していた。また、cタイプの現在の分布地域は日高地方に限定されているが、明治以前には道南、石狩低地帯、および道東にも分布していたことが明らかになった。さらに、現生集団には見られない新しい遺伝子タイプが明治以前の標本から見出された。これらの結果により、明治初期のボトルネックがエゾシカ集団の遺伝子構成を経時的にも平面的にも変化させたことが明らかになった。
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