本研究では、北海道の遺跡から出土するエゾシカ骨のDNA分析を行い、集団構成を復元することを目的とした。さらに、過去と現代を比較し、集団構造の変遷、移動の歴史、多様性の成立機序を明らかにすることを研究目標とした。北海道各地域から収集された縄文・続縄文時代から近世アイヌ文化期にかけてのエゾシカ骨についてミトコンドリアDNA分析を行い、各地域および各時代におけるDNAタイプを検出した。古代エゾシカからは、現代と共通なDNAタイプに加え、古代に特異的な新しいタイプを発見した。現代ホンシュウジカを含めた分子系統解析により、古代エゾシカも現代エゾシカもそのDNAタイプは互いに類似しており、エゾシカはニホンジカ全体の系統樹の中で一つの系統を形成することが明らかになった。さらに、過去にさかのぼるほど新しいDNAタイプが存在した。DNAタイプの地理的分布を経時的に考察すると、常に広範囲に分布する優占タイプ、過去と現在では分布パターンが異なるタイプが見られた。また、噴火湾沿岸出土のエゾシカ骨からは新しいDNAタイプが多く見い出される傾向があった。以上の結果は、縄文および続縄文時代から近世アイヌ文化期を経て現代に至るにつれ遺伝的多様性が低くなったことを示している。これは、過去にエゾシカ集団が大雪等の厳しい自然環境の中で、ダイナミックな集団移動やボトルネックを含む集団サイズの変動を繰り返してきたことを意味する。一方、平成15〜16年度にかけて採取された現代エゾシカ標本についてミトコンドリアDNA分析を行い、先行研究との比較により、過去約10年間の集団構造変動を解析した。その結果、北海道の北部において東から西への集団の移動がみられた。さらに、日高地方から石狩低地帯周辺では既存集団の個体数が増加していると考えられた。このように、10年という短い期間におけるエゾシカの集団構造の変動も明らかとなった。
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