生体内でのリンは、DNAやRNAなどの核酸の構成成分、ATPなどのエネルギー供与体、タンパク質のリン酸化によるシグナル伝達などに重要な役割を果たしているが、植物体内のリンの約3割がリン脂質として生体膜を構成しており、生体内リンのひとつの大きなプールとなっている。一方、植物の葉緑体においてはモノガラクトシルジアシルグリセロール(MGDG)とジガラクトシルジアシルグリセロール(DGDG)の2つの糖脂質が全膜脂質の80%以上を占めており、これらの糖脂質が葉緑体の機能に密接に関わっていると考えられている。これまでMGDGやDGDGなどのガラクト糖脂質は高等植物においては葉緑体のようなプラスチドに特異的な脂質であり、ミトコンドリア膜や細胞膜には存在しないと考えられてきた。しかし、最近の我々や国内外の一連の研究によって、リン欠乏条件下においては、リン脂質含量の著しい低下が起こり、それに呼応して、ガラクト糖脂質生合成系が顕著に活性化されることが明らかとなってきた。本研究では、リン欠乏条件に適応した生体膜を持つリン欠乏耐性植物の分子育種のための基盤的研究として、リン欠乏応答としての生体膜脂質の質的転換の機構を明らかにし、低リン酸条件に適応した植物の育種を目指す。本年度は以下の研究を行った。 1.リン酸欠乏時におけるtypeB MGDG合成酵素遺伝子の発現制御機構に関して解析した。その結果、オーキシン輸送阻害剤やサイトカイニンがリン酸欠乏時の根におけるtypeB遺伝子の発現を抑制することが分かった。また、切除した根を用いた実験から、typeB遺伝子のリン酸欠乏応答にオーキシンが必要であることが示された。 2.リン酸欠乏時に応答するphospholipaseC遺伝子(NPC4)を同定し、リン酸欠乏条件におけるNPC4遺伝子の発現誘導を明らかにした。また、NPC4を大腸菌で発現し、NPC4の基質特異性を明らかにした。さらにNPC4のノックアウト変異体では、リン酸欠乏条件においてphospholipaseC活性の増大が全く起こらないことから、NPC4が実際、リン酸欠乏条件でのリン脂質分解活性の増大に寄与していると考えられる。
|