研究概要 |
嗅覚学習における前脳葉の役割を明らかにするために,麻酔下のナメクジの前脳葉を両側性に破壊し,回復させたナメクジを用いて学習実験を行った.まず前脳葉破壊後,7日目にニンジンを条件刺激,キニジン溶液を無条件刺激として条件付けし,翌日の記憶保持を調べた.その結果,擬手術群に比べて前脳葉破壊群ではニンジンからの忌避率が有意に低下していた.また,条件付け後に前脳葉を破壊し,その3日後の記憶保持を調べたところ,忌避率が有意に低下していた.以上の結果から,ナメクジの前脳葉は嗅覚忌避学習記憶の保持または想起に必要な脳部位であることが明らかになった. さらにナメクジの嗅覚学習に伴ってシナプス可塑性が生じるかどうかを調べた.前脳に対する嗅覚性の入力線維として特に重要な触角神経束を単発電気刺激すると,前脳に誘発電位が生じた.触角神経束に頻回電気刺激を与えると,それに続いて誘発電位のうち潜時の長い陽性成分の振幅が約50%増加し,この変化は2時間以上にわたって持続した.潜時が短い陰性成分の振幅には変化が生じなかった.このことは,ナメクジの前脳においてシナプス可塑性が存在し,これが学習の神経基盤を担っていることを示唆している. また中枢神経系を個体より切り出しただけで発現誘導される遺伝子の多くが神経活動依存的に発現することがわかっているので,ナメクジ神経系における活動マーカー遺伝子を取得するために,中枢神経系切り出し後に発現変化する遺伝子を探索した.differential display法により,72プライマーペアを用いて約10,000バンドを表示した結果,28バンドにおいて再現性ある発現変化が認められた.このうち24バンドは脳の単離により発現レベルの上昇を示し,4バンドは減少を示した.28バンド中10バンドについては既にクローニングに成功した.
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