研究概要 |
慢性閉塞性呼吸器疾患(COPD)は,未だに有効な治療法が確立していない難治性の慢性呼吸器疾患である.本研究では,肺胞上皮細胞の分化調節および肺上皮細胞の機能調節について分子生物学的および分子薬理学的に検討し,COPD治療薬の開発に向けた新たな薬理学的コンセプトの提唱を目的とした.本年度は,まず,肺胞II型上皮細胞からI型上皮細胞への分化がSp1/Sp3転写因子により調節されるという昨年度までの成績を基に,本転写因子の活性化薬としてレチノイン酸の効果を調べ,レチノイン酸がII型細胞からI型細胞への分化を著明に促進し,同時に肺胞I型上皮細胞でガス交換の効率化に関わると推定されるアクアポリン5の転写を促進した.従って,肺胞傷害時の呼吸不全治療薬として応用できる可能性を示した. 一方,COPDで問題となる気道粘液の過剰産生については,好中球エラスターゼが気道粘液成分の一種MUC1の転写を著明に亢進することを見出し,そのシグナル伝達機構についてもPKCおよびSp1転写因子を始め詳細に解明した.この知見は,COPDの治療における抗炎症の重要性をさらに再認識させるものであった.そこで,COPDの治療に長期投与可能な抗炎症薬として我々が従来から注目しているグリチルリチンの薬効についてもさらに追究した.その結果,グリチルリチンはLPSの気道内投与によって惹起したマウスの気道粘液産生細胞の過生を著明に抑制した.また,ブレオマイシンの気道内投与によるラットの肺線維症にもグリチルリチンは著明な抑制効果を示した.これらのグリチルリチンの作用には,少なくともIL-8およびI型コラーゲンの発現抑制が関わっていることも判明した.これらの成績は,慢性炎症に基づくCOPDの治療における抗炎症および組織修復に向けた画期的な新コンセプトとして,今後実用化に向けた研究がなされるべき重要な基礎データである.
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