癌の本質は、無規律的増殖にある。この特異な増殖性は培養細胞系で、「足場(接着)に依存しない増殖能の獲得」によって再現される。換言すると、正常細胞には、接着を介する高度に組織化された増殖制御機構が存在する事を意味する。今日、増殖因子等による細胞増殖制御機構についてはかなりの詳細が明らかになった。しかし残念な事に、正常細胞と癌細胞の増殖の分水嶺となる「足場依存細胞増殖制御機構」については今だ殆ど明らかでない。我々は、数年来足場依存細胞増殖制御機構に取り組み、独自の解析系を樹立した。この系は、癌遺伝子v-srcで癌化した細胞(SR3Y1)に、細胞膜蛋白質SHPS-1を発現する事により樹立できた。SHPS-1発現SR3Y1は、形態はSR3Y1と変わらず癌化しており、接着状態での増殖も遜色ない。しかし驚く事に、その増殖は強く足場依存となり、ヌードマウスでの造腫瘍性を失っていた。本研究は、これらの実験系を用いて、足場非依存増殖を制御するシグナル伝達系を明らかにしようとするものである。本年は、SR3Y1のフィブロネクチン上への接着の、SHPS-1の有無による変化を解析した。その結果、SHPS-1発現SR3Y1はSR3Y1に比べ、フィブロネクチン上での細胞のspreadingが著明に回復した。さらにSHPS-1の足場非依存増殖抑制機能が、人癌細胞でも再現できるかどうかを検討した結果、複数のヒト癌由来細胞の足場非依存増殖を強く抑制した.この結果は、ヒト癌においてもSHPS-1が癌抑制遺伝子の機能を持つ事を示唆している。
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