感染に伴う甲状腺細胞の遺伝子発現変化が自己免疫発症の病因とどのように関わるかについて明らかにする目的で、甲状腺機能を最もよく維持している培養細胞であるFRTL-5を用いて以下の検討を行った。 FRTL-5にヒト単純ヘルペスウイルス(HSV)を感染させると、主要組織適合性抗原(MHC)の発現が増強したが、サイログロブリン(Tg)の発現はmRNAレベルで減少し、これは、HSVゲノムDNA断片を細胞にトランスフェクションすることによって再現された。種々のDNAを用いた検討により、二本鎖DNA(dsDNA)特異的に、しかしその由来や塩基配列とは無関係に、MHC class I発現増強、MHC class II発現誘導などとともに、Tgの発現量抑制作用があることが明らかとなった。 Tg発現抑制は、dsDNAの長さや容量依存性であり、刺激後72時間まで時間とともに顕著となった。また、FRTL-5細胞に電気パルスによる細胞傷害を与えると、自己DNAの漏出とともにMHC発現増強、Tg発現抑制が引き起こされた。IFNγは、FRTL-5にMHC class IIを強く誘導したが、Tg発現をごく軽度抑制したのみであった。dsDNAにより甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)やヨードトランスポーター(NIS)の発現も軽度減少したが、TSH受容体(TSHR)の発現量はほとんど変化しなかった。 これらの現象は、感染やそれに伴う組織傷害時にdsDNAによって甲状腺細胞に抗原提示能が誘導されるが、その際、強い自己抗原であるTg発現を抑制することによる自己防御反応の一つと考えられる。また、その際、TSHR発現量はあまり変化しなかったことから、これが自己抗原としてリンパ球に提示される確率が増し、バセドウ病発症へとつながる可能性が推察された。
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