研究課題/領域番号 |
15401025
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研究機関 | 金沢大学 |
研究代表者 |
高浜 秀 金沢大学, 文学部, 教授 (60000353)
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研究分担者 |
林 俊雄 創価大学, 文学部, 教授 (50132759)
松原 隆治 星城大学, 経営学部, 助教授 (50259363)
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キーワード | ヘレクスル / 鹿石 / 騎馬遊牧民 / モンゴル / 青銅器 / 板石墓文化 |
研究概要 |
前年度には、オラーン・オーシグ1号ヘレクスルの中央積石塚墳丘の南半分の石を除去したが、石槨を発見することが出来なかった。今年度は北半分の石を除去し、墳丘全体を取り去った。墳丘のほぼ中央に石棺が発見されたが、石棺の中に人骨を見出すことが出来なかった。人骨が小動物により食べられてしまったか、あるいは人骨の入れられない記念碑的な墓であったのか、どちらかと考えられるが、その結論はまだ下すことが出来ない。 積石塚の最下層の石を観察すると、ほぼ同心円状を呈するが、その中心は墳丘外縁の石によって作られる円と比較すると、幾らかずれていると、それから考えると、墳丘の築造工程は、次のようであったと考えられる。まず墳丘の範囲を大体定める。ほぼ中央に石棺を作り、その周囲に石を付けるように並べ積んで大きくしていくことにより墳丘を形作る。大体意図した大きさになった時に、元来のプランに従って、周囲の石を円形に並べ、積んだ墳丘との問に比較的小型の石を入れて修正する。 墳丘東側の突出部を清掃し、それが4部分からなることを発見した。墳丘に直接接する長方形部分、北側の弧を描く部分、中央の円形、南側の大きな弧の部分である。墳丘に直接接する部分には、比較的小型の石が使われているが、これはヘレクスル外側にある石堆の下に敷かれた石や、遺跡南部鹿石附近のストンサークルで発見された敷石に近い。中央の円形部分の石の間、黒土の上から土器、鉄片、ビーズが発見された。層位的にもヘレクスル本体より新しく、突厥時代のものと推定される。墳丘突出部南側の大きな弧の部分の基部は、かなり規則的に配列されている。弧の発端部はヘレクスルを囲む方形石列の上にあり、ヘレクスル本体より後で作られたことは確実であるが、北側の弧の部分と元来繋がっていたかどうかは、不明である。
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