研究概要 |
社会主義体制の崩壊を経験した2つの国(ルーマニアとスロベニア)において,羊の移牧という観点から現状を把握し,比較を試みた.2003年,2004年度の現地調査をふまえ,2005年10月に日本地理学会秋季大会でシンポジウムをおこなった。その結果をまとめて英文報告書(214p)を発刊した. 1.スロベニア カルスト台地は,第二次世界大戦前まで羊の移牧が行われ,土地荒廃が進行していたが,戦後の植林と羊の移牧の衰退によって,今日では植生回復をしている。リュブリアナ大学によって,かつての移牧の夏の宿営地で,効率良い放牧を模索する実験がおこなわれている.一方,ベリカプラニーナでは羊の移牧は消滅し,牛の移牧のみをおこない,観光化することで移牧を維持している. スロベニアが2004年5月にEUに加盟したが,生活水準が上がり,農業労働力が高価になって,羊を主とする移牧は全くおこなえなくなっている. 2.ルーマニア チンドレル山地における二重移牧によって,プレカンブリア時代の結晶片岩の地域では,土地荒廃が著しく発生している.その理由は,自然条件が脆弱であること,単位面積あたりの羊の頭数が増加したこと,羊に関連する人間活動が土地荒廃を加速させていることである.この地域の羊の頭数は革命後急速に多くなり,革命前の約10倍に達している. 岩石が露出した地域が拡大していく現象は,共有地で観察される.このような荒廃の進行は,これまでの伝統的な方法では経験したことのない状態である.共有地が荒廃している原因の一つは,洗滌した羊毛を草地で乾かすこと,洗滌する場は居住空間内にあり,きわめて高いアンモニアの濃度のまま流出していることである. 今後の対策として,結晶片岩の硬い岩石表面への植生回復の方法を確立すべきである.羊のトラック輸送などの道路を限定すること,羊の毛の洗滌のための施設をつくること,現在の土地荒廃を改善するためは地域住民自身の認識もまた重要である.
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