「プーチンの時代」とは、ロシア住民にとってどういう時代なのか。議会、政府、軍、そして地方政府からメディアまでを掌握し、いまや絶大な権力を持つにいたったプーチン大統領。その支配のメカニズムと内在する論理を解明するために、モスクワ市内で発生している多くの住民紛争を調査しました。 その結果、地元自治体や裁判所に頼っても問題を解決することができないと住民たちが判断した場合、かれらはその問題をロシア大統領府住民面会受付所に提出していることを知りました。そこでわたしも実際に、大統領府を訪問しました。大統領府では、ロシア全土からたくさんの直訴状が届けられており、わたしは直接、住民たちにインタビューを行いました。人びとは身のまわりの地域社会で発生する社会問題をロシア大統領に直訴し、最終的には大統領に裁定を委ねている実態が浮き彫りになりました。劣悪を極める生活インフラ、破綻した行政サービス、相次ぐテロの恐怖、さらには形骸化した法支配、癒着した政財界の専横のもとで、人びとは「慈父たるツァーリ(皇帝)」と考えるプーチンにすがるほかないのです。 たしかに地域社会でコミュニティーが登場し、地域社会の問題に深く関ってきていますが、そうした人びとの自立的な動きは皮肉にも、最高権力者の権力基盤を強化しているのです。ロシアの中央集権化は最高指導者の支配強化が上から一方的に行われているように評されるなかで、地域社会の住民たちの動向を分析することで、プーチン大統領を下支えする住人たちの動きが解明できました。
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