HOT構造のような膵島の特異構造がバーストパターンに及ぼす影響を数理的に解明するために必要な準備として、細胞特性の統計分布がバーストパターンの複雑さに及ぼす影響を調べた。細胞に流入・流出するイオン流の統計的揺らぎをGaussian white noiseで近似して細胞クラスターに適用し、β細胞集団のカオス同期シミュレーションを行った。こうして得られたバーストパターンから膜電位スパイク列の時間間隔列を抽出し、その順列エントロピーを計算した。この推定値を、対応する生理学的データについて推定される順列エントロピーと比較した結果、細胞に流入・流出するイオン流に、平均値の10〜15%の分散を仮定した場合、生理学的データの複雑さが再現されることが明らかとなった。この結果は、膵島の特異構造による影響を解明する上で重要な基礎データである。 この成果を踏まえ、膵α細胞または膵δ細胞が膵島に含まれる状態がscale-free構造に対応すると仮定し、β細胞クラスターにscale-free構造の細胞欠損を生じさせた場合、膜電位スパイク列がどのように変化するか数値的に再現するプログラムの開発を現在も進めている。このような膵島モデルが発生する膜電位パルス列が生理学的データをどの程度再現するかは、パルス列の複雑さという観点から、順列エントロピー計算用ソフトウェア等を用いて評価することができる。これらの数値的研究によって、膵島の細胞配置に関するscale-free構造が、まもなく明らかにされる予定である。 医用工学への展開については、マイクロ糖針を基本材料とした新しい経皮性薬剤配送システムの研究を進めてきた。糖材料は、加水分解すること、および、インスリンの機能を損なうことなく保持することができるという性質をもつ。このため、インスリンを混合した糖材料から構成されるマイクロ針を真皮層に刺入した後、針部だけを皮下に残留させ、糖針が体液と反応して分解する際にインスリンを放出させることができる。これは、無痛状態で体内にインスリンを投与する新しい糖尿病治療法である。本研究によって開発された膵島構造およびその動的挙動の評価法と合わせて、それらの成果は新しい医用工学的研究の方向を示唆するものであり、社会的意義が深いと言える。 なお、膵島の挙動に関する研究成果については、現在、英文誌2誌にそれぞれ投稿し、論文審査中である。
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