研究概要 |
脳における言語処理などの高次機能について定量的に調べる際には,被験者に視聴覚的な言語課題を呈示し,スイッチ押しまでの反応時間の平均や分散を課題の困難さの指標として用いることが多い。本研究では,各種の高次機能に関わる遂行課題の反応時聞や誤り率に新しい計算論的背景を与えることを目的として,心理実験における反応時間分布の生成モデルを構成し,単純化された輝度弁別課題の結果との比較検討を行ってきた。昨年度までに,被験者に左右二つの光刺激の内,より明るいと判断した方に対応するボタンをできるだけ早く押してもらい,刺激からボタン押しまでの反応時間を測定する心理物理実験を行うとともに,その反応時間分布と誤り率を再現できるWinner-take-all型のパルス神経回路網モデルを生理学的知見に基づいて構成して評価した。今年度は,2刺激の輝度弁別タスクにおいて呈示刺激がより多様な時間構造をもつ場合,すなわち2刺激のオンセットに微小な時間差がある場合,および閾上単一刺激を用いた場合の実験と行うとともに,その結果を説明するためのモデルの拡張を行った。2刺激の実験では,強刺激と弱刺激のオンセット時刻差が-20ms,0ms,+20msの3条件の刺激対を用いた。これらは,視覚的に時間差を知覚できない程度の小さな時間差であり,競合型の強弱判定モデルの妥当性を評価するために重要な意味をもつ刺激である。実験の結果から,呈示条件によって反応時間と誤り率に統計的に有意な差があることが明らかになった。また,その実験事実を説明するためのモデルの拡張が必要であることが分かった。モデルの自然な拡張として,時間差を強調する機能を導入するなど3種類の新しいモデルを構成し,評価したところ,競合回路へのグローバル抑制とニューロンチェーンによる時間差強調機構を有するモデルが最もよく実験結果を再現できることが明らかになった。
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