言語の運用には新規な文の生成理解を可能にする文法規則、事物と名称の恣意的関係を記憶した辞書的知識が必要である。一般的に規則は文、辞書は語の生成・理解に関与するといわれるが、語の文法ともいえる動詞活用においても規則や辞書の働きが検討できる。英語動詞には規則動詞(bake→baked)と不規則動詞(make→made)があり、活用の背景に規則システム、辞書システムといった処理様式の異なるふたつのシステムを想定する二重システム仮説が提言されている。これに対し近年、並列分散処理型モデルを基調とする単一システム仮説が提案され、多くの論争が引き起こされている。本研究の目的は、二重システム仮説、単一システム仮説の観点から、日本語動詞の活用メカニズムを明らかにすることである。 日本語動詞には五段(例.かげる)、一段(かける)、変格(する、くる、あいする)という活用型があり、五段は「かげらない、かげります、かげった」、一段は「かけない、かけます、かけた」のように活用形パターンが異なる。五段動詞の数は全体の67%を占め、一段動詞(31%)、変格動詞(2%)を上回るため、二重システム仮説に基づき五段動詞を規則動詞、それ以外を不規則動詞と捉えれば、五段動詞より一段動詞の活用は困難であると予測される。一方、類似する動詞の影響を想定する単一システム仮説に基づけば、一段動詞と同じ語末を持たない「かわす」などの一貫五段動詞より、一段動詞「かける」と似ている「かげる」などの非一貫五段動詞の活用が困難であると予測される。 今年度は、(1)健常成人を対象として活用の速さが五段・一段で異なるのか、一貫・非一貫で異なるのかを検討した結果、活用の難度は一貫五段動詞<非一貫五段動詞<一段動詞の順で上昇することがわかった。次に(2)脳損傷・萎縮例を対象として、五段(一貫)動詞と一段動詞の活用成績を比較したところ、五段動詞と一段動詞の活用成績に二重乖離を示した意味痴呆例と失語例を見出した.現在、これらの結果が二重システム仮説、単一システム仮説のいずれと整合性が高いのがさらに検討している。
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