申請者は、脳高次機能のメカニズムの解明には、それを担う神経回路のダイナミクスを理解することが最も重要なことであると考え、現在十分に生物学的な神経回路のモデルの構築を進めてきた。モデルの中心は、大脳皮質前頭前野およびその入出力部位である。これにより、回路の何がどのようにはたらいてワーキングメモリや注意などの脳高次機能の制御が行われるのかを調べた。本申請課題では、ニューロモジュレータとしてのドーパミンの作用をモデルに取り入れ、思考機能のベースとしてのワーキングメモリの制御様式を研究した。 申請者は最近、ドーパミンレベルをわずかにコントロールすることによつて、前頭前野神経回路が複数個の空間ワーキングメモリのいくつかの異なる処理を行いうることを示唆するシミュレーションを行った(Tanaka 2002)。さらに、ドーパミンレベルを変えることによって前頭前野神経回路ダイナミクスがどのように変化するかということを調べた(Yamashita and Tanaka 2003)。 本申請課題の遂行により、ドーパミンレベルをコントロールする回路メカニズムが解明されつつある。すなわち、前頭前野と中脳ドーパミン神経細胞群からなる回路システムの特性をコンピユータ・ミュレーションによつて調べ、どのようなメカニズムで前頭前野内のドーパミンレベルが調整され、それがワーキングメモリなどの高次機能の制御に関わるかということに関する知見が得られてきている。その中で特筆すべきものは、前頭前野と中脳ドーパミン神経細胞群からなる閉ループ回路がレギュレータを形成すること、また、それが特異的な性質を持つことを示したことである。 前者は、皮質内のドーパミンレベルを自律的に調整するために不可欠な要素である。後者は、研究室で開発したモデルの安定性解析を行い、とくに安定性の観点から理論的な理解を試みた(以上、現在投稿準備中)。
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