昨年までのモデル構築の成果に基づき、ワーキングメモリの制御に関するコンピュータ・シミュレーションを行った。また、シミュレーション過程で生じた問題点について検討し、新たなモデルの提案と、理論構築を行った。ドーパミンの働きに関して、D1レセプターとD2レセプターに分けて研究を行った。 第一に、ドーパミンがD1レセプターを介してワーキングメモリ表現の安定性を変えることができることを示した。これは単に外乱などに対する壊れやすさを変えるという、従来の研究で示唆されている点にとどまらず、認知オペレーションの内容をそれによって変えることができ、したがって、多様な認知情報処理が可能であることを示すに至った。ドーパミンが認知機能に深く関わっていることは古くから指摘されてきたことであるが、具体的にどのように認知機能を制御するのかという点を明らかにしたことは今回が初めてである。ただし、ごく単純な認知機能しか扱っていないので、より一般的なものに議論を発展させることは今後の課題である。 第二に、中脳・皮質ドーパミン系の動特性を調べることにより、このシステムが持つ特有のダイナミクスと、ドーパミンによる認知機能制御との関わりを明らかにした。とくに、前頭前野内での細胞外ドーパミン濃度の制御において、ドーパミン濃度が低い場合と高い場合で、特性が質的に異なることを示唆した。さらに、これが統合失調症などの精神疾患の病態を特徴づけることを具体的な例を挙げて示した。この方法論を今後の精神疾患研究に役立てていくことが今後の課題である。
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