近年、SimonsとIkonenによって細胞形質膜に効率の良いシグナル伝達を司る脂質ラフトの存在が提唱された。メチル-β-シクロデキストリン(以下、MβCD)で脂質ラフトのコレステロールを減少させるとシグナル伝達が攪乱されること、さらにスフィンゴ糖脂質の糖鎖をアクチベーターIIを含むエンドグリコセラミダーゼII(以下、EGPA)で選択的に除去するとグリコシルホスファチジルイノシトール(以下、GPI)アンカー型タンパク質の架橋が抑制され、Srcファミリーチロシンキナーゼの活性化が抑制されることが報告されている。これらの知見を踏まえ、本研究は、親水性のポリ(2-ヒドロキシエチルメタクリレート)(以下、PHEMA)のAセグメントと疎水性のポリスチレン(以下、PSt)のBセグメントからなるラメラ幅16nmのナノドメイン構造表面を有するPHEMA-PS-PHEMA ABA型ブロック共重合体(以下、HSB)のリンパ球の活性化抑制機構を明確にするために、脂質ラフトに存在するコレステロールおよびGPIアンカー型タンパク質に着目した。対照群として、PStおよびP(HEMA-St)ランダム共重合体(以下、HSR)を用いた。リンパ球を未処理、MβCDおよびEGPA処理の3群に分けた後、ミクロスフィアカラム法を用いてリンパ球と材料表面との相互作用の実験を行った。材料表面に室温にて1時間粘着したリンパ球を電子顕微鏡を用いて解析した。未処理では、PStおよびHSR表面に粘着したリンパ球は著しく伸展して壊死を呈していたのに対し、ナノドメイン構造表面に粘着したリンパ球はコントロールリンパ球と同様に細胞内構造を保持した球状形として観察された。MβCDおよびEGPA処理では、PSt、HSRおよびナノドメイン構造表面に粘着したリンパ球はコントロールリンパ球と同様に全て細胞内構造を保持した球状形のリンパ球として観察された。以上のことから、HSBのナノドメイン構造表面はPStおよびHSR表面とは異なり、粘着面でのリンパ球形質膜の脂質ラフトの構造を保持し、さらにGPIアンカー型タンパク質を含む脂質ラフトの集約を惹起せずにSrcファミリーチロシンキナーゼの活性化を抑制することが示唆された。
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