産業資本の展開の一つは採鉱冶金業である。北方日本では早くは釜石、小坂、鹿角であるが、採鉱冶金業はまた運送業でもある。日本列島で3番目の鉄道建設は釜石である。一方、水産業を支える港湾の建設は函館や八戸、石巻地域において顕著な工業化を推進する。これは地下資源の船舶輸送、造船、水産加工品輸送が決めてで、無動力船から動力船への移行はこの港湾建設と深く関わる。このうち動力船建造は鉄工所そのものであったから、金属、機械、電気、鍍金、塗装工業などと連結する。さらに、精巧なエンジンの開発やメンテナンスが求められ、船体の素材はさまざまな起業を促進した。しかし、大資本との競合は地域の造船数を縮小する。だが、磯舟技術が動力船に先行する地域の技術遺産であり、そこには「産業間の連鎖」反応を確認することができる。八戸地域ではハイテク造船業があるが、その背景に「産業間の連鎖(ネット)」を高度化する知的基盤の一つとして磯舟建造技術から動力技術への移行に関わる技術展開がある。本研究は、無動力船・磯舟を建造していた船大工たちが木造動力船建造技術を修得する過程を証明した。具体的には、 ・三陸・八戸地区の磯舟製作者たちの技術伝達の系譜 ・幕末期の北東北地域における洋式船建造の実態 ・幕末開港期の外国船舶来航の実態 ・開港場における技術教育の実態-造船部局はどうなっているか。 ・明治〜昭和期における漁船建造の実態 ・造船業構造の変遷と「時代のニーズ」の変化 ・造船大工・技術集団の技術講習 などについて調査し、比較分析した。
|