我々はこれまでに一見何も付着していないように見える縄文土器表面(土器をそのまま抽出したフラクション)及び深部(脂質を一度抽出した土器を粉砕し、再度抽出したフラクション)にステロール類が残留する事を報告し、縄文土器を構成する粘土マトリックス内に有機物が長い年月、安定に保持される事を明らかにし、ステロール分析から土器の用途や食生活を検討することが可能であることを示してきた。しかし、胎土に有機物が保持される条件は素焼き土器に一般的な現象なのか、あるいは縄文土器のように素材が比較的荒く、厚みのある土器に特有なのかは明らかではない。 そこで本年度は時代も胎土組成も異なる岡山県倉敷市酒津周辺の高梁川河床土中から出土した2世紀後半と考えられる酒津式土器片試料 1.壷の胴部及び底部、2.甕の胴部及び底部、3.高杯の底部及び器台を対象にステロール類の残留を測定した。その結果、壷表面及び深部からはコレステロール及びカンペステロール、スチグマステロール、β-シトステロール、が検出されたが、甕は表面からほとんど何も検出されず、深部にわずかにβ-シトステロールが確認できるのみであった。高杯は実験前、底部のみに食物由来のステロール類が残留し、器台部には残留していないと予測したが、予想に反し器台部からもステロール類が検出された。 これらの結果から、素焼き土器は長い年月を経ても有機物を保持できる事が一般的な現象である事が確認された。一部の土器片表面にはステロール類がほとんど検出できなかった事から、河床の水にさらされていた土器は環境から流入するステロール類が無視できるほど少ないと考えられる。また、化学分析から壷は食物を入れてあった可能性、甕は水などを入れてあった可能性が示唆された。しかし、高杯器台部に有機物が残存していた結果を検討する為には、より多くの試料を分析する等更なる調査が必要である。
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