研究概要 |
本研究では,主に3つのテーマに取り組んだ。第1は,牧歌的情景をめぐる文化的プロセスを読み解く理論的・概念的な手掛かりを得ることであり,このテーマを農村地理学の枠組みで分析する理論的パースペクティブについて整理した。ここでは,とりわけカントリーサイドないし田園という言葉の使用に関わる空間性の構築と,牧歌的情景の地域的・社会的多様性のありようが問題とされた。第2は,農村言説と日本的な農村性の構築のありように関わる分析である。具体的には,日本型の牧歌的情景は,田園地域の牧歌化・郷愁化とジェントリー化を特徴とする英国型と,反都市・産業主義と農本主義が指摘される北米型との融合型と捉えることができる。そこでとくに重要な要素は農地をめぐる精神的位置づけであり,学問・政策・メディア・素人の各農村言説において郷愁化と生産重視とが同時に語られ,それが食や健康,身体や環境めぐる非言説的なプロセスと接合されていること,そして農村空間の商品化や政策的農村振興と鋭く対立する一方で,それらに載っかる側面があることなどが指摘された。その理由についての詳細な検討は今後の課題だが,低い国内の食料自給率に象徴されるように,農産物の生産機能がすでに早い段階で国内農村地域から消滅していたことがその一つとして指摘される。こうして第3は,素人言説に導かれた農村性の再インデックス化という方法による新潟地域の不均等発展の分析である。その結果,人々の農村像に近い「ポピュラーな農村」は,ここ30年間で数・割合ともに増大し,中山間農業地域として政策的に分類された地域と空間的に一致する傾向がある。そうした地域における田園居住と牧歌的情景の関連は,とくに生産主義からポスト生産主義への政策転換と関連して,農村振興・整備とローカルな地域管理という空間実践をめぐる問題の焦点となっている。
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