南極沿岸域の海氷変動の実態を把握するために、昭和基地が位置する、リュツオ・ホルム湾を対象として1986年から2003年までの間に発生した海氷流出現象を調べた。N0AA衛星画像、航空機観測等を基に整理した結果、時間・空間スケールは流出イベント毎に異なってはいるが、過去24年間では少なくとも計19の年に流出が認められた。また、流出範囲の地理的な位置はほぼ同じで湾内の中央北部から東方に亘ること、流出開始時期は秋季(3月頃)に多いことなどを見出した。特に1997〜1998年のイベントは、流出の持続期間・面積の規模として、昭和基地における観測史上最大級の流出であった。さらに、この大規模流出の発現以降、秋から初冬にかけて流出する現象が、2003年まで毎年継続していることもわかった。このような沿岸海氷の流出機構を考察するために、地上風系や氷上積雪深、前年冬季の気温の特徴を調べた。高頻度の南風、少積雪(少雪年)、暖冬傾向が顕著であったことが、その後の定着氷野の崩壊を促し、割れた氷盤の流出を引き起こした可能性の高いことが示された。 同湾の過去の海氷変動を他の観点からも類推するために、船舶の航行記録に着目した。砕氷艦「しらせ」は1983年の就航以来、湾周辺を毎年ほぼ同時期、同一海域を砕氷航行していることから、海氷状態の年々変化の特徴抽出が可能性であると考えた。船体を海氷盤に乗り上げて破壊して前進するラミング砕氷では、その1回当りの船体進出距離が記録されている。この進出距離の長短を砕氷航行の難易度の指標と見なした。その結果、衛星画像による海氷流出期と、ラミング砕氷時の進出距離との間に良き相関が認められた。海氷流出の頻発期に、進出距離が長くなる傾向が明瞭に捉えられた。同湾周辺の氷床氷縁、他の海域の沿岸海氷や棚氷に関しても、変動の物理過程や地球規模変化との関連解明へと発展させる足掛かりとなった。
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