研究概要 |
極地およびノルウェーの山岳域から分離されたにコケに感染力をもつ土壌菌の1属であるピシウム属菌について,培養形態とリボソームDNAの塩基配列を調べた。これまでの課題の結果と合わせ,北極のスピッツベルゲン島には5種,グリーンランドとキングジョージ島とにはそれぞれ2種,また,ノルウェー山岳域には1種の同属菌が生息していることが明らかになった。これらのピシウム属菌種は,形態とリボソームDNA塩基配列に基づく系統解析の結果から,極地やノルウェー山岳地域に固有の種であること考えられた。また,これらの菌種のほとんどが,試験管内での接種実験でコケやコムギ葉に病原性を示すことが確認された。また,生育適温が22〜28℃であることから,極地の温暖化によって活性化し,極地の重要な1次生産者であるコケの生育に影響を及ぼす可能性が示唆された。 次に,極地のコケに生息するピシウム属菌の動態に及ぼす温暖化の影響を明らかにするため,2003年7月に設置したスピッツベルゲン島の国立極地研究所ニーオルスン基地周辺のカギハイゴケ群落に設置した調査区(コケ群落上の15cm四方の正方形の区画×6区)からのピシウム属菌の選択分離培地を用いた分離操作を,2004年と2005年の7月に引き続き,2006年7月にも行った。その結果,2003年から2006年7月にかけて,カギハイゴケに生息するピシウム属菌の分離頻度が徐々高くなる傾向が認められた。一方,本課題の初年度である2003年の調査区設置時に,人為的にコケ群落の表面温度を上昇させる試みとしてコケ群落上へガラス製チャンバーを設置し,その後,2006年7月までの毎日の温度を記録したが,想定した温度上昇を起こさせることはできなかった。また,この期間における自然の温度上昇は見られなかった。これらの結果から,カギハイゴケに病原性を有する生息するピシウム属菌が北極の自然条件下で徐々に密度を増加させていることが示されたが,その原因として気温以外の要因(土壌湿度など)が関与している可能性が示された。
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