本研究の目的は、非接触原子間力顕微鏡で計測される微視的エネルギー散逸分布と、表面に衝突する分子と表面の間の相互作用を比較することから、微視的エネルギー散逸の起源を明らかにし、エネルギー散逸を利用した表面反応制御の可能性を検討することにある。本研究では、特に、状態の制御された超音速分子線と制御された表面での非弾性散乱を詳細に計測し、さらに、微視的エネルギー散逸との比較を行う。 非接触原子間力顕微鏡を用いて探針-試料間で生じる力学的エネルギー散逸を計測するためには、計測系で生じる電気的なエネルギー散逸を除去することが重要である。本研究では、この電気的エネルギー散逸の起源となる探針-試料間の表面電位差(仕事関数差)を、フィードバック回路により自動的に補償することが有効であることを実験的に明らかにし、炭素系物質吸着Pt表面において力学的エネルギー散逸分布の定量化を行った。 一方、表面でのエネルギー散逸を分子散乱から計測するためには、よく規定された吸着表面が不可欠である。ここでは、本研究の中で形成法を確立したPt(111)表面上の単原子層グラファイト(MG)を用い、その上での希ガス分子、アルカン分子の非弾性散乱過程を比較した。散乱分子の角度分布は、Pt表面とMG表面において大きく異なり、微視的エネルギー散逸分布計測の結果に対応するようにも見える。しかし、定量性の高い、並進エネルギーによるエネルギー散逸計測では必ずしも対応しないことが明らかになった。以上の結果は、微視的エネルギー散逸では探針の集団的散逸過程、及び熱運動による散逸過程が含まれることを示唆するものである。 本研究では、併せて、原子間力顕微鏡を用いた微視的仕事関数計測法を確立し、電子放出源材料の評価に応用するとともに、従来、定量的な計測が困難であったアルカン分子の非弾性散乱過程の詳細を明らかにすることができた。
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